人材の活用と組織の活性化 各界の声

少子高齢化、人材不足の影響による組織の人的課題は様々です。新卒・中途採用課題、従業員の早期離職、AIやDXに影響される職場環境の変化もあり、今後はひとりひとりの従業員を活かし、新しいアイディアや工夫を経営に繋げる事が重要になります。
この変革期における
人的組織課題に関して各界からの意見をキャリア顧問がインタビューしてお届けします。

【第2回】
ゲスト 佐藤大輔氏(北海学園大学経営学部教授)

人的資本経営が組織を変える

人を生かすマネジメントへの転換

若手社員の離職、管理職の疲弊、人材不足といった課題の背景には、従業員一人ひとりが仕事の意味や価値を十分に理解できていないという問題があることを前回紹介しました。
人口減少や市場の成熟、AIの進化などにより、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。その中で近年注目を集めているのが「人的資本経営」という考え方です。人的資本経営とはどのような経営手法なのでしょうか。そして、管理職にはどのような役割が求められるのでしょうか。引き続き佐藤大輔教授に伺いました。

■ コストから資本へ、人を捉え直す

人的資本主義 価値を生み出す人的資源人的資本経営を理解するためには、1980年代アメリカを起点に提唱されてきた「人的資源管理」と比較すると分かりやすいと佐藤教授は話します。

人的資源管理では、人を企業の経営資源の一つとして捉えます。採用し、給料を支払い、教育し、配置する。人は企業活動を支える重要な資源である一方で、コストがかかる存在でもあります。そのため、評価や統制、効率化が重視され、経営者が決めたことを社員が実行するという一方向的な関係性が基本になっていました。

もちろん、この考え方自体が間違っていたわけではありません。市場が成長し、正解を効率よく実行することが求められた時代には、非常に合理的な仕組みだったと佐藤教授は説明します。

一方で人的資本経営は、人を単なる資源ではなく、価値を生み出す主体として捉えます。人材をコストとして管理するのではなく、将来の価値を生み出すための投資対象として考えるのです。

■ 人的資本経営で引き出すべき力

設備投資を行えば生産性が向上し、新しい技術に投資すれば競争力が高まります。人的資本経営では、人材についても同じように考えます。

人は経験や学習を通じて成長し、新しい価値を生み出す力を高めることができます。ゆえに企業は人を育成対象として捉える必要があると佐藤教授は言います。

「人材は企業が価値を生み出す源泉です。一人ひとりの能力を最大限に引き出すことができれば、企業全体の競争力も高まります」
では、これからの企業は、具体的にどのような能力を伸ばしていけばよいのでしょうか。

佐藤教授は、それを「自ら考え、価値を生み出す力」だと説明します。
前回紹介したように、人口減少や市場の成熟、生成AIの進化などを背景に、企業が求める人材像は大きく変化しています。創造的な仕事は単に指示を守るだけでは実現できず、仕事の意味や目的を理解し、自ら考え判断し、試行錯誤を繰り返しながら行動する力が必要です。

佐藤教授は、こうした力こそが、これからの企業の競争力につながると考えています。

顧客に最も近い現場には、経営層が気付かない課題や改善のヒントが数多くあります。新しい価値は、経営者だけが生み出すものではなく、従業員一人ひとりの気付きや工夫からも生まれるのです。

人的資本経営が目指すのは、従業員を管理することではありません。仕事の意味や価値を理解し、自ら考えて行動できる状態をつくることです。その結果として、一人ひとりの経験や知識、関心、創造性が発揮され、新たな価値の創出につながっていきます。

■ 管理職は「指示する人」から「理解を促す人」へ

人的資本経営 管理職の役割人的資本経営によって大きく変わるのが、管理職の役割です。
従来のマネジメントでは、「上司は何をやるかを決める人」でした。しかし人的資本経営では、一人ひとりの能力を引き出すために「理解を促す人」へと役割が変わります。

部下が仕事の意味を理解し、納得した上で行動できる状態をつくること。それが人的資本経営におけるマネージャーの重要な役割です。 「人を動かす」のではなく、「人が動ける状態をつくる」。そうした発想への転換が求められています。
では、管理職はどのようにして部下の理解を促せばよいのでしょうか。

佐藤教授によると、理解を深める鍵は「経験の意味づけ」にあります。
企業では経営理念やビジョンを共有することが重視されますが、それだけでは十分ではありません。どれだけ丁寧に説明しても、本人が自分の経験と結び付けて意味づけできなければ、本当の理解にはつながらないからです。

そこで重要になるのが、「事前の理解」と「事後の理解」です。

仕事を始める前に、なぜこの仕事を行うのか、どんな価値があるのかを理解しておく。さらに仕事が終わった後に、何を感じたか、何を学んだかを振り返り、自分の言葉で意味づけする。この両方が揃って初めて、人は仕事への理解を深めることができると佐藤教授は説明します。

■ 考えることを支援するマネジメント

社員の考える力をマネージメント 人的資本経営での管理職の役割では、仕事を終えた後の「事後の理解」は、どのようにすればよいのでしょうか。

多くの組織では仕事を終えた後の振り返りが、できたか、できなかったか。あるいは、良かったか、悪かったかといった「評価」に偏りがちです。
しかし佐藤教授は、「もちろん評価も必要ですが、評価と理解は別物です」と指摘します。

評価は他者の視点から行われるものですが、理解は本人の視点から行われるものです。たとえ成果が十分でなかったとしても、挑戦の中で何を学び、どのような気付きがあったのかを振り返ることには大きな意味があります。反対に、成果だけを見て評価を繰り返していると、人は失敗を恐れ、新しい挑戦を避けるようになるかもしれません。

人的資本経営が目指すのは、人を管理することではなく、人の成長を支援することです。そのためには、評価だけでなく、理解を深めるための対話が欠かせません。
そこで重要になるのが、リフレクション(振り返り)です。 「どうだった?」「何を感じた?」「何を学んだ?」「次にどう生かせそう?」などの問いを通じて経験を整理することで、人は自分自身の理解を深めていきます。

佐藤教授は、このように問いを投げかけながら相手の理解を支援することを「理解のマネジメント」と表現します。

人的資本経営における管理職の役割は、相手が自分で考え、自分なりの答えを見つけられるよう支援することです。その際、管理職には知識や経験だけでなく、相手の話を聴き、考えを引き出す力も求められるようになります。

■ 人的資本経営は組織全体を持続可能にする

AI時代に求められる自律的人材佐藤教授は、管理職を教育者に近い存在だと考えています。部下の主体性を促すだけでなく、挑戦を支え、安心して成長できる環境を整えることも重要な役割だからです。

若手離職や管理職の疲弊、採用難といった日本企業が抱えるさまざまな課題の背景には、「理解」の不足が隠れているかもしれません。
逆に、仕事の意味や価値への理解が組織全体に広がれば、一人ひとりが自ら考え、行動できるようになります。すると、管理職が細かな指示や管理を続けなくても組織は動き始めます。特定の人の頑張りや献身によって支えられる組織ではなく、それぞれが力を発揮しながら自然に動ける状態が生まれるのです。

人的資本経営とは、人を大切にするための考え方であると同時に、組織をより持続可能なものにするための経営手法なのかもしれません。

ゲストプロフィール

待遇改善だけでは解決しない人材課題 専門家の声佐藤大輔
(さとう・だいすけ)

北海学園大学経営学部教授。大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。2012年より現職。専門は経営学、マネジメント。研究室では企業や地域との課題解決型プロジェクト、学生のスタートアップ支援にも取り組む。著書『「創造性」を育てる教育とマネジメント』(同文館出版/編著)、『人を動かす経営学』(ナツメ社)など。
ポッドキャスト 研究室でおしゃべり!ラジオde経営学

取材・文 キャリア顧問 馬場美穂子

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